山岡鐡舟VS伊庭八郎

山岡鐡舟は、ものすごい力持ち。剣術は強く、彼の「鉄砲突き」は壁をも砕いてしまう威力だったらしい。


なんですが。

伊庭さんが山岡さんの相手をしたときのこと。

ひらりとかわす伊庭さん。

見事はずされ、悔しい山岡さんは、本気で思いっきり突きます。

そしたら、なんと、伊庭さんはまたも見事にかわすのですが、外れた突きがそのまま道場の壁を破ってしまったそうな。

もし、伊庭さんに当たっていたら死んでたでしょうね。

なのに、伊庭さんは顔色一つ変えずに、山岡さんが振り返ったときには笑っていたといいます。

なんと、すごい男なんだ伊庭八郎!!!!

さすがの山岡さんも、コレには感服したそうです。







駄々っ子

箱根戦争で左腕を切られた伊庭さん、味方が収容所に送ろうとしたところ「我を敵軍の中に捨てていってくれ」といって叫んでなかなか言うことを聞きません。(by田村銀)

まぁその場は皆で彼を宥めて落着。

開き直ると強い伊庭。笑

榎本武揚に会うと、腕を押さえ、真っ青の顔で「やりそくなって、手がこうなっちまいました」と言いながらも少しも屈せず上陸したといいます。

「片手では力が入らないが、鉄砲もあり、元込銃もある」と、船中に瓶などを釣るし射撃の練習を始めたそうです。頑張れ伊庭さん!!







駄々っ子A

今度は木古内(蝦夷)で被弾したとき。

「もうダメだから、敵中に放棄していってくれ」と叫んだのですが・・・(by田村銀)…銀ちゃんもいろいろ大変ですね。苦笑

このときも必死の説得により落着。

かえってきた彼は右腕(負傷してないほうね)を上げ「この手がまだ動くから戻ってきた」といったそう。

か…かっこいい







駄々っ子B

最後は負傷者を湯の川へ運ぼうとしたときのこと。

何と言っても「五稜郭に棄てていってくれ」というものですからやむを得ず五稜郭へ移しました。(by田村銀)

今回は、必死の説得も効果がありませんでした。もう助かりませんでしたしね/涙。

結局このまま、モルヒネを飲み干して死んだと言われています。

毒薬ということを悟ってにっこりと笑って綺麗に飲み干しました、と田村は語っています;;






二度目の上洛中

永嶺秀樹(幕府の医者)が伊庭さん達のもとを訪れたときの資料。

きっと武張った鉄砲をみがき立て、刀剣を光らかし、いざ出陣となれば君の御馬前で手柄を立てようと、その話で持ちきっていると思って訪問すると、何てことだ、その人々は長州征伐どころか、顔を集めて、京都の名物は何々、針が、イヤ紅がよい、扇子を土産に、羅紗を買って来よぅ、と互いに江戸の土産話で持ちきり。これでもう幕府も末路だと私はがっかりしました


爆笑。こんなこと言われてますよ。でも可愛いからよし。







啖呵をきる

旧幕府軍vs新政府軍の戦いの中、どっちつかずの小田原藩。

沸点の著しく低い(笑)伊庭さんは

反復再三、怯懦千万、堂々たる十二万石中、また1人の男児なきか

と啖呵を切って、小田原藩と訣別した。かっこいいですね。

あぁ、でもちゃんと酒や軍資金や弾薬などは接収してます。ぬかりなし

因みに伊庭さんの左手首を切ったのは小田原藩士です。ちくしょう。







豪腕

箱根の戦いにて銃撃を受け、さらに左手を負傷した伊庭さん。

それでも彼は屈することなく、残った右腕で3人の敵を切った。すご…

ところがどっこい、驚くのはそれだけじゃない。

そのとき勢いあまって岩まで斬ったらしい…まじですか。







隻腕

左腕のない伊庭さん、椀を持つことができません。

横浜で匿われているとき、そのことを周囲に気付かれなように、彼は食事をする時は常に2人の間に座らせられていました。

匿われていた場所は塾ですから、たくさんの生徒がいるわけです。

ばれたら、伊庭さんは賊軍ですからただじゃ済まされません。

だからその場では食べずに、女中の目を盗んで中根(伊庭さんの仲間)が大きなおにぎりを作り、山中などの人目のない場所で食べさせることもあったらしい…

せつないなぁ…><;







イジメにあう

潜伏中苦労の耐えない伊庭さん。英語塾の塾生に紛れて生活していたときのこと。

塾生の一人が、伊庭さんがいつも懐手をしているのは、左手がないからではないかと疑っていて、鶏の羽をむしる番をさせました。

最悪ですね。この仕事はとても片手じゃ出来ないんですよ。

彼はめげずに、鶏を人のいない所まで持って行き、足でおさえ羽をむしりました(感涙…だけどちょっと怖い)。

そこに救世主が現れた!!尺振八(塾を開いていた人)の妻・キクさん。

彼女は、伊庭さんからこっそり鶏を受け取り、仕事を代わってくれました。

沢夫妻は彼にとても親切でした。


伊庭さんは感激し、死ぬまで沢氏の写真を持っていたそうです。







本山小太郎

伊庭さんの親友です。

土方さんを語るのに近藤さんが欠かせないのと同じように、伊庭さんの人生に彼は欠かせない存在となっていました。

本山は評定所の書物方という役職で、古本を手土産によく英語塾に会いに来たそうです。

伊庭さんは本山さんに対してこんな句を読んでいます。

あめの日は いとど こひしく思ひけり 我がよき友は いづこなるらめ

友情って素晴らしいです。